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【レビュー】映画ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけているを見た感想【最高】

ミニマリスト
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こんにちは、Nagiです。

当サイト(Nagi Rhythm)は現在1500記事以上投稿をしており、過去に様々な映画やドラマのレビュー記事をご紹介させていただきました。

タイトル通り、Apple TV+で配信中のドキュメンタリー映画『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』を観たので感想をご紹介させていただきます。

まず前提として、ビリー・アイリッシュはデビュー当時からずっと追っている大好きなアーティストで、昔から彼女の音楽にどれだけ救われてきたか数え切れません。
なので、この作品が配信されると知ったときからずっと楽しみにしていて、やっと観ることができました。

結論からお伝えすると想像を超えるものではなかったです。想像した通り、最高でした。
本人がどんなふうに音楽と向き合ってきたか、どんなふうに傷ついて、どんなふうに世界と戦っているのかが全部そのまま詰まっていた。

これはただの“スターの成功物語”ではなくて、誰かに求められながら壊れていく10代の女の子が、それでも歌い続ける記録でした。

映像としても本当に良くて、特にツアー先や楽屋裏の空気感をそのまま映しているような撮り方が多く、まるで自分が一緒に旅してるような感覚になりました。

家族との会話のテンポ、照明が暗めな室内、フィニアスとの距離感、全部リアル。無理に編集で盛り上げたりせず、空気を切り取っているような構成も素晴らしかったです。それでは早速解説していきます。

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彼女はどうやって音楽を作っていたの

この映画で一番好きだったのは、ビリーがどんなふうに曲を作っていたのかが全部そのまま映っていたところです。

スタジオでも、ハイテクな機材でもない

ただ兄・フィニアスの隣で、LAの実家のベッドルームで、笑ったり悩んだりしながら小さな音から始まって曲ができていく。

音を繋いで、歌詞を探して、スマホで録音して、でもその曲が何億回も再生される。
その過程を観ながら「あ、噂通りやっぱり音楽って部屋から始まるんだ」としみじみ思いました。

会話の中で印象的だったのは、ビリーがふと「この曲、誰にも届かないかもね」って言ったあとにフィニアスが「それでも俺は好きだよ」って返すシーン。
なんでもないやりとりだけど、この関係性があったからこそ、あの世界観が崩れずにいられたんだと思います。

制作って、たぶん孤独だししんどいけど、二人はそこを“家族”としてやれてる。
その空気感がすごく心地よくて、ずっと観ていたいと思わせてくれる時間でした。

彼女はずっと壊れかけていた。そしてただの1人の10代の少女

この作品は、ライブの映像とか制作の裏側ももちろん魅力的なんですけど、何より印象に残っているのは「なんでこんなに疲れてるのに、彼女は立ち続けているんだろう」と思わずにいられないシーンの数々でした。ただの10代の1人の女の子なのにです。

ステージではあれだけ声が出て、オーディエンスが熱狂してるのに、袖に戻ると目の奥が全然笑ってない。
ベッドで横になったまま「みんなが求めてる自分」になろうとして苦しんでいる感じが、観ていてずっと胸に引っかかっていました。

SNSで誹謗中傷を受けたり、自分の外見について語る場面もありましたが、それが“有名人の悩み”じゃなくて、“今を生きる10代~20代のリアルな感情”として共鳴してくるのがすごいと思いました。

どれだけスーパースターであろうが、ただの1人の少女である。というのが第一印象。

映画の中で、彼女が自分自身について語るときに「誰かの期待に応えようとして壊れていく感じがする」って言うんですが、それって多分、彼女だけじゃなくて、この時代を生きている人の多くが感じてることなんですよね。

それでも彼女は歌う。逃げない。

泣きながらでもツアーに出て、曲を仕上げて、撮影に応じて、世界中の期待に応えようとする。

その姿はかっこいいとか美しいとかじゃなくて、「こんなに傷ついてても、ちゃんと人のために立ち続ける人がいるんだ」って、ただただ心を打たれるものでした。

ファッションも生き方も、ビリーは“今”の象徴

彼女の服装や髪型、振る舞い、目線の使い方まで、全部が“作ってる感じ”がまったくないのに、なぜか常に「先」にいる感じがするんですよね。

誰かの真似じゃなく、自然体でやってるのに、それがトレンドになっていく。こういう人、今ほんとに少ないと思います。

昔のビリーといえば緑と黒の派手な髪、ぶかぶかの洋服っていうイメージが強かったけど、金髪にしてヴォーグの表紙を飾った時は、正直「すごいな」って声が出ました。

あの変化は単なるイメチェンとかじゃなくて、ちゃんと“今の自分に合った見せ方を選んだ”という表現だったと思います。

たぶん彼女の中で、ファッションも見た目も、そのときどきの心の状態と地続きなんですよね。
自分を縛るイメージとか、ファンの期待みたいなものを取っ払って、好きなようにいられる選択をしている。それをあれだけ大きな舞台で実践しているのがすごいです。

僕自身がクロムハーツがさらに好きになったきっかけも、ビリーアイリッシュが1つの理由ですね。

SNSって、ちょっとしたことで一気に燃えるし、誰かが何かを変えるとすぐに「らしくない」と言われてしまう時代なのに、ビリーだけは毎回、「あ、そういう感じもあるんだ」と思わせてくれる。

世界に迎合しないどころか、「こっちに来て」と空気を動かしてしまうような存在感でした。

たぶん、彼女を真似しようとしても同じにはなれないのは、やっていること全部に「今の自分」が乗っているからだと思います。

これはただのドキュメンタリー映画ではない

観終わってまず思ったのは、これは「ファンサービス」じゃないということでした。
ファンが喜ぶ裏側とか、成功の舞台裏とか、そういうのを期待して観るとたぶん面食らうかもしれません。

この作品に映っていたのは、スポットライトを浴びているときよりも、その裏側でボロボロになっている姿でした。

SNSで叩かれたり、自分の声がうまく出なくて泣いたり「こんなに映して大丈夫なのか」と思うくらい、リアルな部分が詰め込まれていました。

でも、それを“売り物”にしてる感じがまったくしない

泣いてるから感動しろ、とか、苦しんでるから共感してくれ、みたいな押しつけが一切なくて、ただそのままの彼女がそこにいて、私たちはそれを静かに見ているだけ。

ビリー・アイリッシュって、きっと自分のことを“アイコン”だとも“スター”だとも思ってないんだろうなと思いました。でもだからこそ、あれだけ多くの人に響いている気がします。

表面的にはかっこよくてセンスが良くて、ステージに立つと完璧。でもその下に、迷いとか疲れとか、自分を嫌いになりそうな気持ちがちゃんとある。

その矛盾を全部背負って、ありのまま立ち続けてるから、ここまで人の心を動かせるんだと思いました。

この映画を観てほしい人

  • 自分の中で何かがうまくいってないと感じているとき
  • SNSに疲れてしまったとき
  • 頑張らないといけないのに、気持ちが追いついてないとき
  • 成功してるのに報われていない
  • 拍手を浴びてるのに泣きたくなる
  • 誰かの期待に応えすぎて、自分の気持ちが分からなくなる

そういうときに、この映画を静かに再生してみてほしいです。そんな“見えない痛み”がずっと描かれていて、それでも歌い続ける彼女の姿を観ていると、少しだけ自分が許せるようになる気がしました。

この作品の中で描かれていたのは、圧倒的な才能でも、派手なパフォーマンスでもなく、「不安なまま、傷ついたまま、それでも表現しようとする人の姿」でした。

もし今、誰かに理解されたいのに、うまく言葉にならないとか、何もしてないのにしんどいとか、そういう気持ちを抱えていたら、この映画は必ず刺さります。映画というより、2時間の静かな手紙みたいな作品でした。

まとめ

いかがでしたか?

何か大きな出来事が起きるわけでもないのに、心だけがずっと動いていたような感覚が残っていて、静かだけど重たい、そんな余韻がありました。

この作品に出てくる彼女は、ステージの上でも部屋の中でも、終始どこか不安定で、ずっと迷っているように見えました。でもだからこそ、そこに映っていたのは“完成されたスター”じゃなくて、“自分と同じ側にいる人間”だったんだと思います。

私はアーティストとしてのビリー・アイリッシュが昔からずっと好きでしたが、この映画を観て、表現者としての彼女の強さと、弱さをあらためて受け止めることができました。

自分を好きになれない日や、何者にもなれていないような気がしてしまう夜に、そっと流してみてください。

この作品はきっと、何も解決はしてくれないけど、「そのままの自分でも、ちゃんと生きてるよ」と静かに教えてくれるはずです。

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