こんにちは。Nagiです。
当サイト(Nagi Rhythm)は現在2000記事以上投稿しており、過去に様々な一人旅バックパッカーに関することやミニマリストに関する記事をご紹介しました。
突然ですが以下のようなお悩みを持っているミニマリストはいらっしゃいませんか?
- 新しい服を買っても、一週間後にはまた別の服が欲しくなる
- SNSでキラキラした人を見て、自分の持ち物と比べて落ち込む
- モノは増えていくのに、心は満たされない
そんな「終わりのない物欲」に疲れている人も多いのではないでしょうか?
実際僕自身もそうで、過去記事を見返してみても無限に物を買っている時期もありました。
今回は、私が実際に東南アジアを旅して痛感した「モノと幸せの真実」について執筆します。
「見た目」を気にするのは、日本人と韓国人だけ

東南アジアの街角に立つと、最初に受ける衝撃があります。それは、誰も他人の服装なんて気にしていないということです。
今回は東南アジアに絞って書きましたが、なんならパリやスペインなど欧州でさえ全員ユニクロかzaraでした。Paris=ヴィトンやシャネルなどイメージがありましたが、誰一人身に着けていませんでした。
アクセサリーすら誰もつけていない世界
日本では、ブランド物のバッグや最新のスニーカー、高価なアクセサリーを身につけることが「ステータス」とされがちです。
しかし、東南アジアではアクセサリーをつけている人すら0でした。ほとんどの人は以下のような格好です。
- ボロボロのTシャツに短パン
- 「もう買い替えろよ」と言いたくなるくらい履き潰した死ぬほどボロボロのサンダル
- 日焼けしまくった肌
そこにあるのは「着飾る自分」ではなく、「ありのままの自分」という印象でした。
比較文化からの脱却を検討する
旅をしたことがある人はみんな理解してくれると思いますが、日本人や韓国人は見た目を気にしすぎていると感じました。
この圧倒的な価値観の違いに触れると、自分がどれだけ小さな枠組みで悩んでいたかがバカバカしくなってしまうのは旅をしたことなら全員頷いてくれるはず。
「お金がない=不幸」という嘘

私たちが必死にモノを買うのは、「豊かになりたい(=幸せになりたい)」からだと思います。しかし、東南アジアの街を歩いているとその前提が見事に崩れます。
- お金がなくてジムに行けないなら公園で筋トレ
- 服はほとんど古着
- お金がないから必死こいて詐欺をする(実際に18000円分遭いました)
彼らは決して裕福ではありません。 ボロボロの家、使い古された道具、決して贅沢とは言えない食事。

それでも、彼らは間違いなく日本人や韓国人より幸せそうに笑っているように見えたのは自分だけじゃないはずです。
幸せの閾値が低い印象を抱いた
彼らの幸せは、モノの所有に依存していません。カフェ文化なのか、とりあえず朝起きたら家を出てカフェに行く文化なのかも。
- 朝起きたらとりあえず友達とカフェに行く
- 近所の人と笑い合う
- 無限にTiktokやYoutubeを見て消費する
コンビニの店員でさえ、無限にショート動画を見ながら接客していたのが印象的でした。
そんな、形のないものに価値を見出しています。 「お金がないから不幸だ」というのは、モノが溢れた国に住む私たちが勝手に作り上げた、ただの思い込みに過ぎなかったように思います。
「モノ」より「経験」に投資すべき科学的な理由

バックパッカーを経験すると、「服を筆頭に、物よりも経験をしたほうが、遥かに幸福度は高い」という確信に変わります。
モノは「慣れ」てしまうが、経験は「熟成」する
最新のiPhoneを買っても、数ヶ月後にはそれが順応していってしまい、「当たり前」の存在になります。
しかし、言い方は悪いのですが「東南アジアで体験した日本人よりも遥かに収入も社会的にも下」の人たちのほうが幸せそうでした。なぜか日本人のほうが豊かであるはずなのに。
- モノ→手に入れた瞬間が幸福のピーク。あとは価値が下がるだけ。
- 経験→人生において後々振り返ったときに資産になる
物欲をなくしたいなら、「モノを買う喜び」を「新しい世界を知る喜び」へ上書きするのが一番の近道だと思います。
まとめ

いかがでしたか?
買っても買っても「何か足りない」という心の穴をモノで埋めるのはかなり日本人あるあるです。
バックパック一つに荷物を詰め込み、東南アジアの熱気に身を投じてみてください。
帰国する頃には、あんなに欲しかった服やブランド品が、ただの「布きれ」や「金属」に見えているはず。
バックパッカーは若ければ若いほど楽です。なんなら今日が1番若い。ということで今すぐバックパック1つで一人旅をしていきましょう。






